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野菜の料理

 冷蔵庫の食材を減らすため、野菜料理に挑んだ。先ず、キュウリの酢の物、今迄はチクワ・焼きあげ・ジャコ・
生ダコ・ワカメを具材に入れていたが、今回は鱧の皮があるのでシンプルにキュウリと鱧の皮・京ゴマだけで調理
した。次はししとう炒め、これは私の好物で油炒めを醤油に絡めて戴く。後は大根おろし、大根をすりジャコを
合わせて戴く。これで、当分野菜料理は賄える。ニラとかモヤシ・白菜が未だ残っているので、これは野菜炒め
にして戴こう。ジャガイモ・人参・ピーマン・レタス・タマネギ・キャベツも、その内シチューの具材に使うことで使い切ろう。
冷凍室の肉・魚類も早めに使い切り、早めに冷蔵庫を空っぽにするのが目的である。何故空っぽにするかと云うと
ここ数年製氷機能が壊れており、多分、水を吸い上げる配管が氷結しているのが原因だと推測しているが、この解決
には冷蔵庫の電源を落とし、全ての氷を解凍する必要がある。今迄は好物のウィスキーのオンザロックは全てブロ
ックアイスを購入して戴いていたが、家計費節約の観点から自家製の氷に切り替えようと考えている。これも住民
税が高すぎるからで、何故年金生活者がこんなにも重税感に囚われなくてはならないのか。まあ、独身生活者にし
ては収入が多いのが原因であろうが、今迄は昨年のサラリーマン生活の影響が住民税に反映されていると考えてい
たが、再度、今年の年収を計算すると昨年度と殆ど変わらない。原因はサラリーマン時代は年金の支給カットが行
われていたが、今年から年金が満額となりサラリーマン時代の年収を十分賄っているのだ。と云うことは住民税も
変わらない、任意加入の健康保険料も変わらないことになり、重税感は日増しに強くなる。あと10年高額の企業
年金が支給されるのでこの状態が続き、10年後には公的年金だけとなることから所得は大幅に減少し、その時初
めて重税感から解放されることになる。長い道程ではあるが健康にかつ慎ましく生活して行こうと思う。

ファッション

 私はファッションには無頓着で、この季節ならTシャツとジーンズ姿が多い。先日、梅田に行った時と昨日の
定期健診ではいつもとは違う外出着で出かけたが、両日とも私のスタイルについて知人から反応があった、
珍しいことである。上着はアロハシャツの様なスポーツシャツでフィッシングベストのような薄いベージュの麻ベストを
羽織り、下は黒のズボンと云ういでたちである。梅田ではハワイ帰りの様だと冷やかされ、病院の主治医からは
「えらい昔の格好をしてまんな、それ、以前流行りましたよね」と云われた次第である。本人としては気温・湿度を
考え最適な服装をしている心算であったが、結構目立つ服装なのかも知れない。ただ、アロハシャツは雷さまの
プリントが施されていたのが気に入って購入したが、私のファッションが注目を浴びたのは40年振りであろうか。
慰安旅行用の服装を吉祥寺のキャジュアルショップで購入し着ていくと、皆から大喝采を浴び赤面したのを覚えて
いる。しかし、加齢を重ねると同世代の服装は皆同じスタイルに統一されているようで面白い。皆と同じ服装だと
目立たないし、年齢相応に見られるのが有り難い。昔から服装にはお金を掛けない主義なので、夏と冬のバーゲン
では次のシーズンを見越し、じっくり吟味して購入したいと思う。
昨日の定期健診では、ヘモグロビンA1Cが6.2と標準値ギリギリに納まっていた。ジャヌビヌ錠の薬が効能を発揮
してきたようである。主治医からは5kg痩せるように云われているので、炭水化物制限で今日からご飯・パン類
は食しない食事に変えようかと思う。以前もこの方法で13kg減量した経験があるので、何とか挑戦したいもの
である。

ルノアール展

 昨日午後、神戸の県立美術館に出掛けた。現在、近鉄と阪神は相互乗り入れで直通運転しているので、鶴橋から
乗車し石屋駅に向かった、初めて乗る路線である。要領が分からないから各停で行ったが、途中で特急・急行に
4回も追い抜かれ1時間以上の乗車時間であった。美術館は安藤忠雄が設計したモダンな建物で駅からも近い。
ただ、外観のモダンさと打って変わり内部は迷路のようで廊下が長く、分かり辛い造りになっている。16時半に
入館したが、まだ結構入場者が多く、名だたる絵画の前では人集りとなっていた。マネ・ドガ・ロートレック・セ
ザンヌ・シスレー・ピサロ・モネ等の名画が所狭しと展示されていたが、ドガの踊り子は号数が小さくプラド美術館の絵画とは
比較しようがないほど貧弱だった。また、モネの睡蓮もブリヂストン美術館の絵画と比較しても貧弱で、絵画はやはり
50号以上なければ見栄えがしない。その点、ルノアールは22点が展示され、かつて馴染んだ絵画も多く出品され
ていた。13歳の美少女テレ-ズ・べラールの肖像画とか劇場の桟敷席・団扇を持つ少女はルノアールらしさが良く
表現されており、青色の深みがしっとりと画面に彩りを添えている。筆のタッチも生き生きと運ばれており、絵の
活性が当方の琴線に触れる感触がある。ただ、光り輝く水色とか薄紫の粒のようなタッチの絵が見当たらなかった
のが残念であった。私の記憶ではそのような絵がルノアールにあった筈である。それ程展示数もないので、1時間強
で退館し、梅田の居酒屋へ向かった。全員、6時半には集合し四方山話に花が咲いた。話としては年金の話、税金
の節税術、海外旅行の話と多岐に亘り、不思議と仕事の話とか家族の話は出てこない。私が幹事なので一人2,700
円であがり、年金生活者にとっては懐の傷まない会食であった。このメンバーでまた10月に落ち合おうと、次回の
再会を誓い合った。
今日は月1回の定期健診日、朝から絶食で11時に血液検査をし午後の診察に備えることにする。

リゾートクラブ

 私は3年前にリゾートクラブに入会し、有馬温泉を本拠にクラブライフを満喫している。基本的にはクラブから
持ち帰った歯ブラシが使えなくなったら再訪を試みているが、基本的には一人で1泊することが多い。
このクラブは料理自慢で1泊2食8,400円で気楽に利用でき、また手の込んだ日本料理を提供するので、美味
しいものが食したくなれば出かけるようにしている。温泉に浸かり和食の粋な食事をし、夜長、読書三昧に過ごす時間は
何物にも替え難い。そろそろ歯ブラシも傷んで来たので出かける時がやってきたようだ。有馬温泉には2箇所のクラブ
があり、1箇所は巨大ホテルの雰囲気で建物も新しく大浴場も広い。ただ、朝夕共に食事はバイキング形式となり
一人客には利用し辛い。その点、もう一つの小規模の方は朝夕共にテーブルに配膳されゆっくり寛げ、家庭的な
サービスも相まって私のお気に入りのクラブである。残念なのは人事異動で当クラブのコック長が赤穂に転勤となり、
手の込んだ料理が若干手を抜いた料理に変わったことである。一度赤穂のクラブに料理を味わいに行きたいが、そ
こは温泉ではなく普通の沸かし湯なので一寸躊躇する次第である。基本的には一人宿泊であるが、友人が遠方より
来阪する時は事前に予約を入れ、二人宴会をすることが多い。3年間で全国21箇所のクラブを踏破しようと目論んで
いたが、私が訪問したのは7箇所だけで長男・長女夫婦の訪問も含めても9箇所に止まっている。
金沢の友人がアルツハイマー病に罹り病院暮らしを余儀なくされているので、前々からお見舞いに伺おうと考えて
いるが、見舞いに行った人の話では記憶が薄れ誰が誰だかわからない状態のようで、遠路遥々出掛けてもそのよう
な状況なら気まずい思いをするだけなので、なかなか重い腰が上がらない。行くならリゾートに1泊して、金沢の街と
富山の五箇山にでも行ってみたいが、踏ん切りのつかない毎日である。

ルノアール

 現在、兵庫県立美術館でクラークコレクションの展示が行われている。アメリカクラーク美術館の収蔵品の
展示で印象派の絵画100点余りが陳列されているようだ。特にルノアールは20点以上あり、明日の午後、
神戸まで出かけてみる予定である。
ルノアールは子供の頃から親しんでいた絵画で、住友生命が10年以上カレンダーに使用していたため、70点
位はカレンダーとして見たのではないか。その頃はそんなに好きな作品ではなかったが、加齢を重ねるごとに
暖かいほんのりした雰囲気が心を掴み、今ではシスレーとかモジリアーニとかよりもルノアールに惹かれるよう
になった。特に薄紫と青色の配色が素晴らしく、作品をリッチにかつ奥深いものにしている。多分、今回の展示品
の中にはカレンダーで親しんだ絵画も含まれているだろう、楽しみである。
昔、たまたま訪れた東京のブリヂストン美術館で高階秀爾の講演会が開催されており、サロメの解説を詳しく聞か
せて貰った。モローの作品を中心にスライドで映写し、物語の解説と背景に描かれた光と影が何を意味するかとか
を時代背景と共に解説され、美大生らしき人物が大勢詰め掛けていた。この時初めて高階秀爾を知ったが、 この
当時はまだ東大の助教授時代で現在では美術界の大御所である。美大生の服装とかはその頃流行っていたフー
テン族そのものであったが、違和感を抱いたのは、高階秀爾の難しい話を真面目に聞いているその姿であった。
人は見かけだけで判断してはいけないとその時思い知らされた。
明日は午後に自宅を出、美術館を見学した後、梅田の居酒屋で旧友たちと酒を酌み交わすことにしている。有意義
な一日になりそうである。

虫の音

 2~3日前から庭で虫が鳴き出した。多分クツワムシのようである、コオロギではない。そろそろ季節は秋に
近づいているようであるが、あと1ヶ月もすると秋の虫の音の大合唱、請け合いである。秋の夜長の風情を楽しむ
のは虫の音と満月に限る。
自宅の玄関に靴の棚を20段設置しているが、これが満杯になり靴の整理をしなければならなくなった。殆どが履か
なくなった靴で通勤用の紳士靴である。私は物持ちが良く靴を20~30年持ち続けるのは日常茶飯事で、思い切
って捨てる時期に来ているとは思うのだがなかなか行動に移せない。多くが20年物で全国各地を行脚した時に使
ったものである。このブログで書くことにより廃棄処分としたいが、考えてしまうのが自宅裏の崖下の枝切とか清
掃時に使い捨てで使用できるのではないかと云う懸念である、用途はこれだけしかない。中には靴底がスタッドレ
スタイヤの様なものもあり、これは旭川とか札幌で使用した靴で一度も雪道で滑ったことがない曰くつきのもので
ある。このように雪道用・雨天用・真夏の晴天用とそのシチュエーションに合わせ購入した靴だから結構愛着もあ
るが、サラリーマンも店仕舞いをしたことだから、そろそろお払い箱にする時期が来ているようだ。
今日はアコーディオンのレッスン日、出来栄えが良いので胸を張って出掛けることにしたい。

鱧販売店を見つけ出す

 昨日は定例の実弟宅の訪問日、早速出かけたがマンションの入口付近にあった大駐車場が閉鎖されていた。
今迄、重宝に利用していたが、これからはかなり離れた駐車場に置かねばならない。マンション前の駐車場敷地は
2,000坪以上あり絶好のマンション用地であるが、昨今の住宅市場活性化の波を受けて新たに建設するのであろう。
まあ、駅からも近いし直ぐに完売することだと思う。帰りに堺市中央卸売市場を覗いたら鱧の専門店があり、そこに
鱧の照焼きと鱧の皮が販売されていた。リーズナブルな値段で量も丁度良い。またまた購入し、自宅で調理し美味
しく戴いた。これで鱧に関しては年中問題なく手に入れることが出来る、有り難い。
アコーディオン練習はやっと楽曲のコツが掴め始めた。以前からシンコペーションの所が上手く行かず立ち往生して
いたが、ある音に注目しそこを強く弾くことでメロディーとリズムが上手く噛みあいだした。長い時間が掛かったが、
これでこの曲の卒業が目に見えてきた。もう1曲も前奏・後奏の指使いを身体に覚えさせることが出来、人前で演奏
しても恥ずかしくない出来栄えとなった。これも長い道のりであった。
今日は今から自治会の寄合があり、自治会館に出かけなければならない。秋祭りの打合せで今日で殆どの行事
予定と役割分担が決定する。

飲み会のお誘い

 昨日、数ヶ月振りにF氏から電話連絡があり、旧カラオケメンバーで暑気払いをしようと云うことになった。
彼はここ数ヶ月、顎の関節症に罹り硬いものが噛み下せない状況にいるらしい。歯科大学病院にはこのような
患者が多く詰め掛けているとのことで、原因は加齢から来る軟骨粗鬆症だそうだ。老人性膝の痛みと同一症状
と云うことで、痛み止めだけで積極的な治療はなく生涯付き合う症状らしい。
ただ、飲む方は顎に負担が掛からないので問題ないということで、来週水曜日に梅田の居酒屋で旧交を温めること
にした、全員で4名である。一人は前に勤めていた病院の同僚で、私が石油会社を早期退職後、彼に請われて病院
勤めを開始したが、誘った本人はその後転職を繰り返し、現在は京都の総合病院に勤めている。他の2名は年金生
活者で、私同様暇を弄んでいるが、飲み会になると何時も皆勤で出席する。まあ、久し振りの気のおけない友人達
との再会なので、心置きなく飲んで喋ることにしたい。
そうそう、昨日愛車ベンツが車検から戻ってきた。細かい不具合は多少あったが、いつもより安く上がった様な気
がする。早速、修理工場から乗って帰ったが、代車のワゴンRと比較して安定性が断然違い、エンジン音も低くな
っている。明細書を見ると、オイル交換の費用が以前の半額になっている。エンジンオイルの種類が変わったらし
く以前は常にモービルワンだったのがエコオイルに変わり、その分安くなっているようだ。今迄ベンツはモービル
ワンしか使えないと思い込んでいたが、粘度さえ合えば何でも良いと云うことが分かった。

地蔵盆

 昨日は地蔵盆の準備に夕方から力仕事に参加した。当家より15m先に地蔵さんが祭ってあり、そこにテントを
2張建て掛け、提灯の配線を約30m延長させて完成である。高齢者が15名と若者10名が集結し一心に作業に
打ち込んだ。作業は単純作業であるが完成後の姿を記憶している人が少なく、ああでもない・こうでもないと試行
錯誤で垂れ幕の配置を考えながら飾付けは終了した。その後はビール大会で皆で缶ビールを飲み干し世間話に
盛り上がった。これまでは地蔵さんの参道で飾付けをしていたが、来年からは自治会館を利用して行事を行うこと
となり、当日、地蔵尊本体が自治会館に出張してそこでお参りすることとなった。自治会館は冷房も良く効いてい
るので、来年からは快適な祭りとなるであろう。
この作業のため、写真クラブの例会は欠席せざるを得なかった。11月にJR堺市駅の堺市の展示室でクラブの写
真展を計画しているが、このための写真2点を昨日提出する予定であった。この写真は当初予定していた富士フィ
ルム大阪支店の写真館での開催が、出品審査で不合格となったので場所を変えて同じ写真を展示するものである。
今日は今からこの写真のネガを探し出し、USBメモリーに落とし込んで郵送しなければならない。結構捜すのが
面倒な作業である。

鰻屋と寿司屋

 大阪人には東京の寿司屋は理解できない。寿司ネタに鰻の握りがないからである。大阪なら何処の寿司屋でも
鰻の握りは出てくる。また巻き寿司も東京ではかんぴょう巻きと指定しなければ出てこない。大阪の巻き寿司とは
東京の太巻きのミニサイズのことで、高野豆腐・かんぴょう・キョウリかミツバ・たまご焼き入りが定番であるが
節分に食する恵方巻きとほぼ同じ物である。東京は鰻屋と寿司屋が協定でも結んでお互いの領域を荒らさないよう
にしているのであろうか。
その点、大阪は何でもありで寿司屋でうな丼・うな重を出す所もある。同じ生鮮品を扱っているので問題はないの
であろう。しかし、巻き寿司だけは理解しがたい。大阪では大衆寿司の巻き寿司は昔から子供用の寿司として珍重
されてきた。子供はお稲荷さんと巻き寿司を食べ大人は握りをつまむ、これが大阪流の寿司屋での食し方であった
その内、子供が贅沢になり子供も板前に赤貝とかトロを注文するようになり、大人と子供の境い目がなくなった
が、メニューとして巻き寿司は厳然と残っている。東京の巻き物は単品の具を入れるのがしきたりのようで鉄火
巻きに代表されている。色々な具材を入れるのは田舎者の食べ物だと一人東京の寿司屋は息巻いているのであろう
か。そう云えばチラシ寿司は全国の田舎料理の代表格で、その土地特有の具材がこれでもか・これでもかと云う
くらい入れられており、岡山のばら寿司とか長崎の大村寿司の味が懐かしい。ただ、東京の江戸前握りの穴子だけ
は何処の寿司屋に行っても本当に美味しく戴ける。
そうそう、昨日友人のA氏の訪問を受けた。2年ぶりの再会で京都で会って以来である。駅前の居酒屋で一献傾け
共通の友人の消息を確かめ合った。我が家に帰ってからも以前行った旅行先のエピソードを思い出し、腹から笑え
る話題に抱腹絶倒した次第である。1年以内に海外旅行に行こうと約束を交わし、今朝、彼は研修会場に向かった。

自治会長会議

 昨日は六箇村の自治会長会議が開催され、だんじり保険の支払いを伴うので、私もその会議に出席した。メンバ
ーを見ると殆ど知った顔ぶれで、10年程前に私はだんじり祭の運営委員を5年ばかり務めていたが、その時の
運営委員会の主だった顔ぶれが自治会長に納まっていた次第である。私もそのような年齢に差し掛かって来たこと
を痛感させられた。
議題は六箇村のうち一町が保険の共済から脱退すると云う話であった。事故率を保険料に反映させる仕組みを今年
度から導入したが、その町では自治会役員の提案が否決され、新しい保険会社と新規に契約することで、保険料を
大幅値下げ出来るとしている。各自治会長は前回までの会議で六箇村の合意が得られていたのに、今更撤回する
とは何事かと凄い剣幕の人も居たが、最終的に一町を除いて五町で契約することになり、保険料は若干当初見積り
より安くなった。まあ何とか大人の対応で連合自治会の分裂は避けられた感がある。
昨日の昼間は友人と会食し四方山話に花が咲いたが、阿倍野ハルカスの百貨店には各階に休憩所があり、ゆっくり
寛げるのが良い。反面、外商サロンは機能的かつ事務的な作りとなり、いっぱいあった応接セットは全て無くなり
ゆっくり出来る雰囲気は全く無く、百貨店側の営業方針変更を身をもって感じさせられた。以前の外商サロンは
待ち合わせには最適な場所で、本とか雑誌を読みながら人待ちすることが出来たが、改装後の方針は一般来店客
優先の考え方に変わったのであろう。帰りにデパ地下で鱧の照り焼きと大寅のてんぷらを購入したが、ある店では
鱧の照り焼きは売り切れていた。大阪人には潜在需要があるので、もっと置けばいいのにと思うが、そこが商売人
と一般人との違いなのであろう。

久し振りの飲み会

 今日は昼食を友人IH氏と約束しており、阿倍野ハルカス地下街の回転寿司屋で一杯やることにしている。
久し振りに都会へ出るので、ついでにやるべきことは多い。金券ショップでの現金化とか堺では購入できない
食材の購入とか、都会の利便性を大いに利用したいと考えている。その前に午前中には農協で現金引き出しを
しなければならない。今晩、隣の町内会の自治会館に保険会社が来訪し、だんじり保険の申し込みと支払いを
行うことになっている。だんじり保険も最終的に事故率を勘案し町内会毎に保険料の格差を設けることに決定した。
当自治会は無事故であったために今年度は130万円となったが、これでも昨年より20万円高い。保険は共済
の考え方で成り立っているので致し方ない側面もあるが、だんじり祭は会食とか備品購入・修理代を含め、年間
500万円は掛る金食い虫である。当自治会では若者が少なく引き手は殆ど外人部隊で編成されているので、もう
少し祭を倹約し老人会に金を廻す方法を取らないと、町内事情に合わない祭が一人歩きすることになる。私はこの
1年で自治会役員を降りることになるが、次年度以降ではこの問題を真剣に討議して頂き、実行に移して貰いたい
ものである。

客人来訪

 今週の水曜日に前の会社の友人が自宅を訪問する。彼は宅建免許を持っており、数年に一度受験した府県で
フォロー講習があるので東京から1泊2日でやってくる。2年振りの再会であろうか。
彼は私より三歳年下で会社の後輩であるが、私より3年早く早期退職し退職後今迄2箇所の会社を渡り歩いてい
るが、常時、経理か監査の部署に勤めている。旅行も二人で毎年行っていた時期もあったが、ここ5~6年は行っ
ていない。北海道の然別湖と大雪山黒岳・立山・能登半島・那須岳と三斗小屋・宇都宮国際CCと日光・有馬温泉
と京都・隠岐の島・韓国ソウルなどあっちゃこっちゃ行った記憶がある。今回も彼は何処かに行きたそうであった
が、当方が写真クラブの日と地蔵盆の日にバッティングしていたため、当家での宿泊だけに留まった。
出来れば近いうちに二人でポルトガルにでも遊びに行きたいが、彼はまだ現役で1年更新の嘱託の身分なので
休みが取り辛かろう。そのうちまた二人で旅行できる日も近いと期待している。彼が宿泊するため、この2日間は
屋内掃除に取り掛からねばならない。宿泊室の片付けと掃除、ベッドメイキング、トイレ掃除、洗面所・風呂場の
掃除、リビング・ダイニングの片付け等やるべき事柄は多い。現在布団を天日干しにしているがタオルケットも捜
さねばならない。他人が宿泊するとは如何に大変かが実感できるが、他人が来なければ全く片付けない性分なの
で、来ていただくことは嬉しいことでもある。

ベンツ車検

 愛車ベンツを車検に出した。2002年購入だから11年間乗り回したことになる。6月にエアコンのコンプレ
ッサーを交換したので、今年は愛車への出費がズシンと懐に痛い。私は車は乗り潰す主義で基本的には13~15
年使用することがざらである。走る・止まる・曲がるの基本性能にはここ十数年技術革新は殆ど無く、唯一あるの
はハイブリッドと云うエンジン性能だけである。次はハイブリッド車にしようと思うが、スタイリングも性能も良
い車となると結構値段が張る。今、気に入っているのがホンダ・アコードのハイブリッド車で2年後か4年後に買
い替えられたら最高であるが、もう暫くはベンツで我慢しよう。日本ではハイブリッド車が人気であるが、ヨーロ
ッパはイギリスの従兄弟の話ではディーゼル車が人気で、環境負荷にも優しいことから自動車税が極端に安くなっ
ており、ガソリン車は新車ではあまり走っていないらしいし、ハイブリッド車も普及していない様子である。
代車としてスズキのワゴンRに乗っているが、ベンツとの一番の違いはブレーキ性能が格段に相違する。あまり効
かないブレーキのようなのでスピードを出すのが躊躇われる。また方向指示器とかライトの類のスイッチ類も操作
が異なるが、これは以前の国産車と同じで慣れれば問題なかろう。今週一杯ぐらい修理に時間がかかるので、アコ
ーディオン教室も写真教室もこの車で行くことになるが、慣れない車なので遠出は避けたいと考えている。

出世街道

 「海賊と呼ばれた男」をやっと読了した。同じ業界に身を置いた人間として、時代環境・業界を取り巻く規制・
企業理念・企業ミッションは良く理解できるし、我々も一企業に身を委ねながらも、業界の果たす役割と使命を
肝に銘じその遂行に邁進したものである。同じ業界と云うことで精製技術にしろ、金融・保険のお付き合い先に
しろ殆ど同じ提携先で、違うのは資本提携先のメジャーが違うことぐらいか。
私も33年間石油業界に身を置いた人間として、何度か出光の社員と交流することがあった。特徴的なのは名刺に
肩書きが無くとも、個人の権限が広いと云うか決定権を付与されていることであった。私など「社に持ち帰って後日
報告します」と云うところを出光社員は即断即決でその場で会社の立場を表明していた。私などその裁量に感心す
るばかりか社風が違うなあといつも考えさせられた。ただ、年配者でも肩書きの無い社員が多いのにはびっくりで
あった。石油会社は何処でも合併を繰り返し規模の利益を追求しているが、出光はその企業風土のせいか他社との
合併は行っていない。当然、社風が余りに違いすぎるので相手方企業が嫌がるのは当然であるが、そこの社員には
素晴らしい人材も育成されていた。通産省主催の灯油懇談会と云うものが毎年中央と地方の通産局管内で開催され
ていたが、中央には各石油元売の常務クラスと消費者代表(生協)・マスコミ代表が集結し、今冬の生産量と在庫
量・出荷見込みを報告し、石油供給計画に反映させるシステムとして機能していたが、ここに出席する常務クラス
は大概社長にまで登りつめていた。その当時、出光にも吉田常務と云う営業担当の役員がおり、灯油懇談会でも社
の主張は最低限に押さえ、消費者優先の立場を貫いていた。日本石油の渡常務は現在経団連の副会長を務めてい
るが、どちらかと云うと自社の利益優先を基本に供給計画の見直しを主張されていた。お二人を比較し、吉田さん
は社長になるだろうと予想していたが、また新聞の経済面でも出光の最有力社長候補と騒がれていたが、意に反し
て社内事情かどうかは知らないが失脚されてしまった。反対に渡さんは社長・会長から経団連の副会長と順調に
階段を登り、サラリーマン生活を謳歌されている。このように何が災いするのか幸福を持ち込むのかは分からない
が、人生一寸先は闇と云うのが実感ではなかろうか。

ひぐらし読書

 うだる暑さの中、外出がままならないので、ひぐらし読書に明け暮れている。先日購入した「海賊と呼ばれた
男」である。下巻に入り、やっと私の所属した会社名が出てきた、当然、外資系である。この著者は民族系に肩入
れ過ぎで、石油業界の黎明期について油槽所とタンカーの果たした役割を過大評価し過ぎであるが、やはり本当の
所は製油所再開であろう。消費地精製主義を標榜し各地にコンビナートとして製油所を建設し、戦後復興を果たし
た石油業界の役割は、流通を先掛けするだけのこの書籍のテーマを木っ端微塵に粉砕するものである。伝記と云う
体裁を保った小説であるので、面白可笑しく書き上げる必要があったのであろうが、現在の出光興産の有様を見て
も、著者の描く企業倫理には首をかしげる所が多い。やはり、業界に根を下ろしたベースの考え方に違和感を感ぜ
ざるを得ない。ただ、出光の社史には細かく目を通しているらしく、史実に照らしたストーリーには感心する。
私が所属した石油会社も、創業60年を記念して60年史を編纂した。社員のA氏が資料収集から元役員への聞き
取り、構想から執筆と全てにわたり個人で仕上げた社史となっていた。内容も小説風でその年のノンフィクション
部門で出版社数社から表彰状を頂いており、新聞の書評でも今までにないユニークな社史であると絶賛されてい
た。今回の著者「百田尚樹」氏と比較しても遜色なく、流石、東大の宗教学を修めただけのことはあると感心した
次第である。彼は石油業界に身を投じるのではなく、本来進むべき道があったように思うし自分を生かせる道を突
き進んで極めて欲しかったと今でも思っている。会社先輩の私は彼に対し茶化すだけで、まともに相対峙してこな
かったのが今でも悔やまれている。

猛暑

 昨日の昼の体感温度は40℃を越すようなうだる暑さであった。実際は38℃であったが、ここ数日37~38
℃の日が連日続いている。特に昨日はムッとする暑さで、私でも熱中症に罹る気配を感じた。夜は盆踊り大会で、
19時から22時30分まで延々と江州音頭とか河内音頭・伊勢音頭で踊り子達が汗を拭き拭き踊り明かす様は
この時季の風物詩であろう。私達自治会三役は裏門に陣取り、缶ビールとおつまみの配布を行ったが、配布よりも
自分達が飲む方が主体で、同じ町内会だけでなく近隣の町内会の人達とも交流し世間話に花を咲かせた。私は
途中中抜けし、自宅でエアコンに当たりながら時間調整をし、終わる1時間前に顔を出し片付けに専念した。
終了後、自治会館で踊り子の婦人会連中を待ち、そこでまた大宴会が始まった。終わったのが24時丁度で、長い
盆踊り大会であった。8月22日からは地蔵盆が始まる。夕方から飾り付けの作業を行い、提灯に点灯し子供達用
の屋台を設営し地蔵盆は佳境に入る。一晩蝋燭の灯りを守り続けるために以前は徹夜の行事であったが、最近は
12時を過ぎると誰もいなくなる。伝統行事も風習も移ろいつつあるようだ。

そばぼうろ

 昨日は堺市の高級スーパーへ買出しに出かけた。目的は鱧の照焼きであったが、ここにもそのような商品は販売
されていなかった。堺市中央卸売市場にも無い、そこらのスーパーには当然置いていない、やはり堺高島屋か大阪
市内の百貨店にしか置いていないのであろうか。鱧さんも高級魚に出世した感が強い。
ここのスーパーは品揃えが豊富で一種類でも多くの品目が陳列されており、久し振りにお菓子売場を覗くと、タイ
トルの「そばぼうろ」が復刻版として販売されていた。以前から気になっていたが、何処にも陳列されてなくてこのお菓子
は廃番になったのであろうと考えていたが、確かに目の前に存在する。早速購入し家で食してみたが、懐かしい味
で甘さも控え目なところが上品な味に仕上がっている。生産は京都市のメーカーで東京の会社が販売していた。
お盆にはぴったりの商品で、昔を懐かしみながら素朴な味を楽しんだ。
また、最近初めてトウモロコシを生で食したが結構旨かった。大阪ではナンバキビと云い昔からの食べ物であるが、
最近北朝鮮の女性が体育館で食する風景を映像で見たので一度挑戦する気持ちで購入したが、結構いけると感じ
た次第である。私も食わず嫌いが多く、カボチャも壮年になるまで食したことがなかったし、トウモロコシもそうである。
多分、母親の好き嫌いが食生活に影響しているのだと思うが、野菜だけでなく餃子も成年になるまで食したことは
なかった。
スーパーの帰りに本屋に寄り、本屋大賞を受賞した「海賊と呼ばれた男」の上巻を購入し持ち帰った。私と同じく
石油業界に身を投じた出光佐三の伝記で、親近感を持って現在読み進めている。
今日は村の盆踊り大会の日、小学校に集合して私は踊らないが婦人会とかの踊り子をサポートし、飲み放題のビー
ル片手に村の衆と当地の昔話に耳を傾ける日となりそうである。

雲ノ平

 私は長年登山を楽しんできたが、雲の平だけは行ったことがない。薬師岳の麓で黒部源流の発祥の地。周りを
北アルプスに囲まれお花畑・湖沼に色とりどりの高山植物が咲き乱れる別天地。いつかは山小屋泊まりで行って
みたいが、この年になると体力的に不安が過ぎる。特に自信のあった脚力に衰えが目立ち、膝の痛みがいつ再発
するかが心配の種でもある。まあ、案ずるよりも生むが易しで、行ってみれば何のことはなく簡単に往復している
に違いないと思うが、なかなか決断が出来ない。大阪からは富山経由で折立から入山するが、アプローチが長く
雲ノ平まで入るのに2日間はかかる。雲ノ平に1泊すれば3泊4日の行程となり、かなりの体力を消耗することに
なる。
目的地は雲ノ平だけなので、周りの3000m級のピークに登る必要もなく、ただ往復するだけであるが、自分の体力
への挑戦と云うことで今の年齢のエポックメイキングとなるのは必定である。山岳写真も色々なモノが撮れるであ
ろうし、これまでの登山人生の集大成にしたいものである。山は9月中旬が天気も安定し暑さも凌げるので、その
時期を予定しているが、この時期は山がゴミの山で荒れる時期でもある。若くて体力があればゴミを背負子で担
ぎ、ゴミ掃除のボランティアにもなれるが、今はそれどころではない。自分の身を守ることに窮々としている現状
では安全に登山することの方が世の為となる。
この前哨戦のために、8月15日に天王寺七坂を制覇し現在の自分の体力を確認したい。全工程7kmのアップダウ
ウンをカメラ機材を担いで踏破し、夕暮れ迫る大阪の街並みを撮影出来ればこの上のない楽しみである。

今日はアコーディオンのレッスン日

 ここ二日ばかりアコーディオンの練習が疎かになっている。上手く弾けないせいもあるが、上達速度が鈍って
いることに自分自身が腹立たしいのであろう。やはり一人練習よりたまには仲間と演奏を弾き比べる環境の方が
刺激があって良さそうである。個人レッスンを受けている者としては贅沢な悩みであろうが、教えを乞う環境と
しては今がベストと云えるし、大人数でレッスンを受ければ現在の個人レッスンが懐かしくなるだろう。
練習曲「愛のままに」は前奏と後奏が一番の花で、ここを上手く弾けるか否かで楽曲の印象が格段に違ってくる。
何とか曲らしく弾けるようにはなったが、感情を込めた演奏にはなっていない。曲の盛り上がりと終息を蛇腹で
演出し人の心に訴える楽風に仕上げなければならない。今日は午前と午後の計2時間、練習に明け暮れるように
しよう。盛夏が過ぎると台風シーズンとなる。我が家の台風対策はアーチ窓2箇所の暴風対策で、窓に大きな目隠
し板を嵌め込み周りをガムテープで貼り付けるものだが、現状はテープが剥がれ目隠し板が外れそうな状況に陥っ
ている。このため、天気の良いうちにしっかりとテープで貼り付ける作業を終えなければならない。丁寧に仕事を
すると大雨が来ても2ヶ月は持つので、今週中に作業を終えたい。

イヤーエンドパーティ

 石油会社に勤務していた頃、或る日社長が全社員にメールを打ち、次月より役員を一新し社長に米国カルテッ
クスからロマノ氏を招聘し副社長もシェブロンから迎え入れる人事を発表した。丁度、日産がカルロス・ゴーン
社長をルノーから招聘したのと同時期である。以前より株式の50%は外資が握っていたので、とうとうその時期が
来たかと云う諦めと、どの様に会社組織が変貌していくのかに興味があった。新社長はタイのSPRC製油所をお
手本に現場優先の組織改革を進め、オーストラリアのコンサル会社と提携し賃金体系の改革、人員配置の効率化を
徹底的に推し進めた。そのため、早期退職制度の名目の下に人員整理を強力に推進し、私などはマネジャーから
スーパーバイザーに格下げさせられた。本社も東京から岩国市に移転となり、東京の女性社員及び20代から30
代の若手社員は全員早期退職制度で退職した。平均年齢は高くなったが給与を世界水準に合わせる名目のもとに
大幅な切り下げが行われ、反面、役員及びマネジャーの給与は引き上げられた。法基準ギリギリの所で安全対策
に懸かるコストを切り下げ、社宅及び福利厚生施設も全て売却された。徹底的なコスト管理を行った影響か、会社
に対するロイヤルティが低下するのを恐れて、外人社長は各事業所毎にイヤーエンドパーティの開催を指令した。
大阪でその任に指名されたのが私で、会場の決定・プログラム作成・料理の選定・参加者の範囲決定など、あらゆ
ることに責任者は私と所長だけで、10人程度のお手伝いが本来業務兼務で参加してくれた。安く上げるのが一番
であるので、当然会場は社員食堂か体育館となるが、参加人数が家族をも含め400人は下らないことから体育館
に決定したが、体育館は土足禁止であるためスリッパに履き替える必要があった。400人がスリッパ持参で参加
することは到底考えられず、何らかの対策を取る必要がでてきた。会社の近くに臨海スポーツセンターと云う総合
体育館があり、そこで不定期にプロレス興行をしていたので、そこで使用するゴム製カーペットの使用許諾を大阪
府に願い出、首尾よくこの件は許可され業者を手配し敷きつめることが出来た。
次にアメリカンスタイルのパーティと云うことで、昔の米国TVドラマ「パパ大好き」とか「パパは何でも知っている」
のドラマ画面を思い出し、絶対にバンドが不可欠との結論の元にバンド探しを行った。大学の軽音楽部とかにも
当たったが、最終的には社員でバンドグループに所属している者がおり、その者に依頼し当日のバンド編成に目途
がついた。プログラムは社長挨拶に始まり余興中心に全員参加型の企画とし外人役員の了承も得る運びとなった。
料理は地域で懇意にしているケータリング会社があり、そこへ発注することで問題なかったが、組合との協議で
若手から餅つき大会をしたいとの要望があり、それを認めることとした。あと10人のお手伝いさんとの話し合い
の中で飾りつけとか、暖房の確保、立食形式か着席形式かの決定、舞台の設営の役割分担を決定した後、当日の
パーティが始まった。
全員が揃った中で、バンドがゆっくりと「思い出のサンフランシスコ」を演奏し始めると、全員が頭と首を前に
突き出し、目はバンドに釘付けとなり全員の「おおっ」と云う歓声のもとにパーティは開始された。外人役員の
夫人達もその場の雰囲気にすっかり馴染み、楽しい3時間の立食パーティーはあっという間に過ぎ去った。お手伝
いさんの一人が、舞台の縁にシクラメンの鉢を並べ立てる演出を行ったが、これも大変好評で帰りに外人家族も含
め参加者にシクラメン鉢を手渡したが、皆さん喜んでそれらを持ち帰った。ただ、幼い子供を同伴したお母さん方
には少し閉口した。と云うのは、会場の外縁に置かれた椅子を一つのテーブルに丸く並べ、子供達を座らせて食事
させる光景には私も含め、外人家族も奇異な目で眺めていた。何はさて置き無事このパーティは成功したが、それ
から1年後、当社は他社に買収されることになり、外人社長が大阪の事務室に退任挨拶で来社した時、私の顔を見
て「大阪で一番印象深いのはあのイヤーエンドパーティであった」と云ってくれたのが、思い出深い記憶として今
でも脳裏に残っている。

長崎原爆の日

 昨日は長崎平和祈念式典が開催された。広島と違い長崎の式典はキリスト教の宗教色に染まっていると私なが
らに感じられた。今回は田上長崎市長が平和宣言で原発再稼動反対を声高に謳うのではと懸念されていたが、
福島の事故の収束に向けた要望を吐露しただけで無難な宣言に終始した。昨年は過激的な言葉で原発の再稼動
反対を強く叫んでいただけに、今回その動向が注目を集めていたが、先の衆議院選・参議院選の選挙結果を踏ま
え、国政の問題に地方自治体の長が公に意見を口挟むのは控えるべきとの判断が働いたものだと推察する。
今年は長崎にとって嬉しいニュースが一つある。それは城山国民学校の校舎跡が国指定重要文化財に登録された
ことである。長崎には原爆の悲惨さを示す遺跡が数多く残っているが、その中でもとりわけ注目されるのは城山国民
学校の校舎跡である。現在は城山小平和祈念館となっているが、爆風の跡・人の影の跡・火災の跡・その当時の
教室の復元、通学路には爆風と火災で倒れた楠木の大木跡から芽吹いた新しい楠木、ここは本当に被爆の実態を
目で確認できる貴重な遺跡である。原爆資料館とか平和公園・浦上天主堂・故永井隆居宅・旧原爆病院(現済生会
病院)の見学では得られない本当の原爆の凄まじさとか、人命尊重の重要さを身をもって体感できる貴重な遺跡で
ある。この遺跡を重要文化財として後世に残すことを決定した国の英断に感謝し、我々日本国民が恒久平和を願う
シンボルとして広島の原爆ドームとともに城山小平和祈念館を核兵器廃絶の発信基地にしたいものである。

ハモの皮

 今は鱧が旬で一年で一番旨い季節である。照り焼き・湯引き・しゃぶしゃぶと何でも美味しい魚であるが、昔は
鱧の皮と云うものがあり、通常の商品である鱧の身を除いたアラ部分を甘辛く煮込み乾燥させたもので、蒲鉾屋
とか乾物屋で販売されていた。子供の頃は母親がよく買って来たので、裁ち鋏でそれを細かく切るのが子供の役割
となっており、出来上がるとキュウリの酢の物の具材として美味しく頂いた記憶が残っている。ふと思い出したが、
どこで購入できるのかも分からず、ネットで調べてみると400g4,500円で販売されていたが400gは多すぎる。
1回の使用量が50g程度なので100gもあれば十分である。近々、阿倍野の近鉄百貨店で捜そうと思うが売場が
分からない。
あの当時よく食した物とすれば、鯨の表皮のコロとか棒鱈とかがあったが、今は殆どお目にかかれないし、あっ
てもべら棒な値段がする。コロはおでんのネタで、十分すぎるくらい煮込まなければ美味しくないし、煮込む前に
3日ほど水で戻す作業を行わねばならない。棒鱈は正月料理でこれも長時間水で戻し甘辛く煮込む必要があるが、
この面倒な作業を思い浮かべると、京都知恩院前の「いもぼう」で食事をした方が時間も含め安上がりなのでは
なかろうか。海老芋のとろける味と棒鱈の歯ざわりが最高である。
最近縁あって和辻哲郎の「古寺巡礼」を読み始めた。和辻の青年時代の紀行文で、文体が旧く読み辛く今迄何度も
挑戦し読了できなかった書物であるが、この年になるとこの書籍の殆どの寺院は行ったことがあるので、今回は
親しみを持って読み進めている。先日、朝日新聞夕刊に滋賀県栗東の金勝寺が特集されていたが、少し気候が納ま
れば建物及び参道・仏像を含め写真撮影のために訪問したい寺院である。

大間のマグロ

 これも昔の話になるが青森市に講演会で出張した折、駅前に生鮮市場がありそこで生マグロの短冊が販売されて
いた。赤みの旨そうな短冊と中トロの短冊をそれぞれ購入し、空路で三鷹市の自宅に夜遅く持ち帰った。
翌日の朝食に子供たちと食膳を囲み、朝からマグロ尽くしの料理を頂いた。トロも赤みも舌がとろけるくらい旨く
どうして青森のマグロはこんなに旨いのか不思議であった。その後、TV番組でマグロ特集をするようになり、
下北半島に大間と云うマグロ漁港があるのを知った。大物の一本釣りだそうで、その当時マグロとは焼津・三崎・
勝浦・境港くらいしか産地を知らなかった。多分青森のマグロは大間方面から来たに違いないとその時確信した。
それから10年後くらいに所用で青森を訪問することがあり、例の生鮮市場を探したが、場所が変わり建物も新し
く立て替えられていた。市場の中のマグロ売場は相変わらず繁盛していたが、値段がべらぼうに高値となってお
り、お土産に買って帰る値段ではなかったので諦めざるを得なかった。あの当時はそれ程大間が有名ではなく、今
のように全て築地で流通させる経路もなかったために、青森の市場に流れ着いたのであろうか。それとも大間の対
岸の北海道戸井漁港から入荷したものであろうか。まあ、何処から入荷したとしても本当に旨いマグロの短冊であった。

夏の盛り

 連日35℃を越える日が続き、蝉の鳴き声も喧しく夏の盛りを肌で感じる今日この頃である。暦の上では
立秋のこの日、お盆の迎え火・送り火の行事が近づいてきた。夏の風物詩「京都五山の送り火」は4~5年前
に一度見学したきりで私の習慣には根付いていない。昔の映画で8月13日に玄関先でおがらに火をつけ、火と
煙でご先祖様の御霊を迎える風景が演出されていたが、今時このような仕来たりを守っているようなお宅は何処
にも無いだろうし、このような風習を覚えている老齢者も少なくなったように思う。日本古来の伝統はこのように
して廃れて行くのであろう。石畳・打ち水・浴衣・床几・団扇がこの季節の季語であるが、このような風景も今は
見ることができない。私は夏の写真にはこのような図柄が一番似合うと信じているので、近々天王寺七坂で写真
撮影をしようと目論んでいる。家並みも新しくなり、昔のような3軒長屋の家などは見当たらないだろうが、石畳
が昔日の面影を残し、夏の風情に余韻を残しているのではないだろうか。片道1kmの坂のアップダウンを7回踏破
しなければならないが、今こそ記憶に留めたい景色である。

広島平和宣言

 今日は広島の原爆記念日、終戦から68年を迎える。松井広島市長の平和宣言は圧巻で、聞き入る者に万感迫る
思いを訴えた。被爆者の苦悩・差別・生活苦等数え上げれば限がないが、68年を経て存命の方・亡くなった方も
含め無念の思いは如何ばかりであろうか。これからも核兵器廃絶は絶対悪として世界に呼びかけていかねばならな
い日本人の宿命であろう。
1発の投下で十万人以上の尊い生命が失われ、不幸に陥れられた人々が願うのは核兵器のない平和な暮らしその
ものである。ここには純粋な人類愛・人間愛・家族愛が存在し、イデオロギーも政党理念も捨象した静かな平和を
望む希求のみが存する、被爆国日本の恒久願望である。
私は長崎大学医学部の故永井隆博士の著作を読むことで原爆の悲惨さに目覚め、核兵器廃絶問題に真正面から
取り組み始めたが、生来の忘却癖によりこれまで行動に移れない日々を過ごしてきた。青年期には平和行進と云う
ものがあり、東京から広島・長崎まで徒歩で大人数が平和を訴え各市町村を通過する一大イベントで、一度は参加
したいと考えていたが、社会人となると時間的制約でその夢叶わず現在に至っている。今は何の時間的制約も無い
ので、来年こそは平和行進に参加し、広島・長崎の平和記念式典に出席しようと思う。これは私の悲願である。
今から思うと時間的制約のほかにイデオロギー問題が介在していたのは事実である。原水禁・原水協の対立とか
米国の水爆実験には反対し、ソ連の実験には平和の盾としての実験と見做し許容する偏見がその当時蔓延してい
た。これらの考え方にはついていけず、この当時平和記念式典の参加に意義を見出すことが出来なかった。
最近は社民党の勢力も低下し共産党も大衆迎合路線に舵を切っているので、イデオロギー問題が雲散霧消してし
まった今こそ私が参加する時が来たように思う。是非、来年はこの運動に直接参加することで、私のエネルギー
を私的なものから公的なものへと転換したいと考えている。
今回の松井市長の宣言は核兵器廃絶と原発問題を切り離した有意義な発言で、原発支持者の私からすれば喜ばしい
平和宣言であった。

自治会行事

 昨日も自治会の寄合があり、秋祭りの準備金を青年団・十五人組・若頭に支給した。今月は盆踊り・地蔵盆・秋
祭りの準備のための詳細スケジュールの作成・お囃子の太鼓・鐘・笛の練習に際しての近隣への挨拶と目白押しの
予定が詰まっている。私の自宅はだんじり小屋に近接しているので、以前は夜の6時半から8時半までお囃子の騒
音で窓を開けることが出来ず不自由な思いをしてきたが、昨年から少し離れた自治会館で練習するようになり、若
干騒音から解放されている。これからも練習は会館で行って欲しいが、そうすると今度は会館の近くの住人から苦
情が出ることになるであろう。ここが難しいところである。
そろそろ写真撮影に行かねばならないが行先が定まらない。海か山か渓流が良いのだが、ここぞと云う撮影スポッ
トが思い浮かばない。去年は大台ケ原&吉野と丹波の竹田城に行ったが、今年は串本の橋杭岩でも行ってみよう
か。夕闇に染まる景色が最高なので1泊泊まりが望ましいが、私のリゾートホテルは白浜にあり、勝浦と白浜は
距離がありすぎる。リゾートを根城に撮影するには何処が良いだろうか。海だけ撮るのなら伊良湖岬が良いかも
しれないがこれも遠すぎる。もう少し考えて行先を決定しよう。

松茸ご飯

 昨日は東大阪の業務用スーパー、馴染みのいつものスーパー、イトーヨーカドーとスーパーを3軒ハシゴして
食材を購入した。先日、ウィングスで中国産の夏松茸を見かけたので何か気になっていたが、馴染みのスーパーに
形の良い松茸が3本780円で販売されていたので早速購入した。毎年この時期に購入し松茸ご飯を調理している
ので今回もこれに挑戦し、他に人参・牛蒡・鶏肉・揚げ・コンニャク・チクワを具材として入手した。
いつも水加減に苦労し失敗するので、今回は極力水を減らし味醂・醤油で水量調節することにした。今日は朝から
自治会の寄合があり朝食抜きだったので、昼食に準備し頂く事にした。水加減はまあまあで塩加減が足りなかっ
た。これは薄口醤油が見当たらず通常醤油で味付けしたためで、薄口醤油なら完璧で商品にも出来る完成度であっ
た。明日は豆腐と挽肉及び野菜を小間切りにし、それを油揚げに詰めて味醂醤油で煮込む料理に挑戦してみよう。
ただ、今回も野菜を大量に仕入れたために、また食材に追いまくられる生活が待ち受けている。

読書感想

 アマゾンから書籍が届いたので病院の待合所でひも解き、高度成長時代を楽しんだ。この書籍は高度成長を
1960年から1974年の14年間に限定し胎動期・躍動期・終焉期に分けて考察しており、私の多感な時代と
合致するので、自分の半生記を読み返している錯覚に陥る。まだ読了していないが、その時代時代の出来事が思い
出され、懐かしさとともに経済成長の中で歩んだ足跡とその当時の希望と云うか将来への展望が甦り、楽しい時間
を過ごしている。ただ、著者の保坂正康氏が私より9歳年長で、この経済成長の時代を第三者的な眼差しで回想
しているのが気になった。我々団塊の世代のようにその時代に一兵卒として飛び込み、環境変化に晒されながら
自分の居場所とか役割を認識し、目標に向かって突き進むエネルギーがこの書籍からは感じられないし、経済成長
の恩典をひしひし肌身に感じる実体験にも我々とは温度差があるし、特に我々世代を何の苦労も無く優雅に育った
年代と決めつけている点に世代ギャップを感じざるを得ない。この著者は40~50代の頃、あまり団塊の世代と
真正面から相対峙してこなかった人物なのであろう。我々世代の考え方・エネルギーの源泉・経済成長に果たした
役割等を分析し評価する能力には乏しい人物に見受けられた。この点、同じ年代でも堺屋太一氏の方が分析力は上で
あろうし、次の世代の役割を十分認識しているように思う。保坂氏は概念的に時代を捉えるのは上手く、時系列的
に時代を的確に描写しているが、そこに働く人々の心の動きを捉えきれていない。このような書籍が評判を呼ぶよう
なら団塊の世代を真正面に据え、私がこの世代の役割と評価を一冊の書籍に著す時期に来ているのかもしれない。
幸い健康には自信があり記憶力もそう衰えてはいないので、挑戦しても面白いかなと思う次第である。
私には以前から会社合併についての悲喜交々を、特に被合併会社の社員の側から描いてみたい欲求を持っている。
そのため最初の希望退職には応じなかった理由は、会社がどの様に変遷していくのかを自分の目で確かめたかった
のが一つと、自分の気持ちがどの様に蠢くのかを見届けたかったことも事実である。あれから10年近くの歳月が
流れ、記憶力も散漫になる時期が近づいてきたので、そろそろ書き下ろしをしなければならない。これが私にとっ
てサラリーマン生活の終焉となる仕事になろうし、この時代を生きた証にしたいとも考えている。東野圭吾の著作
方法のように、先ず登場人物を確定させ、その時代時代のフローチャートの作成と場面展開を考えつつ、登場人物
との絡みを粗方セッティングする作業から始めなければならない。完成は来年3月に目標を置きたい。

定期健診日

 今日は月1回の定期健診日、元の職場を訪問する。採血から始まり問診・診察・処方箋の作成と移り、精算後
処方薬を受取り終了する。この間、1時間半位か。今は薬の在庫が余っているので、処方量の調整をしても貰わね
ばならない。それが終わればマイカーを車検工場へ搬入し、車検手続きをしなければならない。暫く車とは無縁な
生活を強いられよう。そのためにも、今日は野菜を中心とした買出しもついでにやらねばならない。
昨日はアマゾンに書籍の発注を行ったので、今日あたり届くであろう。最近は教養書の類に興味を持ち出し、手当
たり次第に岩波・中公・朝日の新書版を購入している。これも一時的現象となるに違いない。私の中・高の2年先輩で
ギリシャ文学を専攻し東大教授になった者がいたが、定年が63歳と早いのでもうリタイアしてしまったが、好きな
ことを職業とし学問を極めるとは何と素晴らしいことだろう。そうそう高校の同級生に東大の東洋文化研究所教授
になった者もいたが、彼も昨年定年退官した。もともと理系の彼が入学後類系変更し、中国絵画の第一人者になる
とは誰も想像できなかったろう。このように恵まれた人材もいるが、同じ同級生で宇宙工学科の博士課程まで進み、
そこで挫折し予備校の数学教師をしているのもいる。やはりオーバードクターの壁は厚く、大学に残れない、目指
す研究所に採用されないと云う不遇が続くと、そのうち生活苦の問題が迫ってくるのは必至である。彼は高校時代
数学が得意で学年1番になったこともあるので、若い予備校生とか高校生に数学を教えることにやり甲斐を感じて
いることだろう。新書版に先程の功なり名を遂げた人物達の著作があるので、変な方向に行ってしまった。
プロフィール

おおすみ

Author:おおすみ
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